石原慎太郎が左腕で字を書けないのはウソ本当?脳梗塞で認知症にも

豊洲移転の一連の問題に関する証人として、3月20日に百条委員会に招かれた石原慎太郎元東京都知事。

この百条委員会での発言に注目が集まっています。

豊洲問題に関しては、ほとんど新たな情報や進展が見られなかったものの、2年前に脳梗塞を発症した後遺症として、左腕で文字や絵が書けないとする発言をしました。

さらに文字にいたっては、ひらがなさえ全て忘れてしまったといういことで、半分認知症も発症している可能性もあることが明らかになりました。

文字を忘れてしまったことや術後に一部記憶を失くしてしまったことを冒頭で申し上げたことで、一部の議員や視聴者からは予防線を張ったと捉えられても仕方がありません。

また、左腕に関しては文字が書けないほど不自由な状態になっていることに驚きの声が上がり、ウソなのか本当なのか、息子の良純さん等の身内にもテレビ番組内でコメントを求められる機会があるかもしれませんね。

それだけ2年前の脳梗塞の後遺症は良くなかったということでしょう。

一部百条委員会の内容を取り上げながら、今回の石原慎太郎氏の答弁を振り返っていきたいと思います。

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石原慎太郎は左腕で文字を書けなくなっていた



まず、石原慎太郎氏は冒頭で職業と生年月日の確認をされ、職業は作家で、生年月日は昭和7年9月30日と答えます。

最初の質問者は自民党の来代勝彦議員で、『知事として豊洲移転についての政治判断はなされたのか』といった内容でした。

この質問をぶつけられた石原氏は、質問に答えられるのではなく、突如2年前の脳梗塞発症を引き合いに出し、後遺症にいまだに悩んでいる現在の状況を説明しだします。

利き腕の左腕が使えないことをはじめ、患部に近いとされた海馬、記憶を埋蔵するところがうまく開きませんので、全ての字を忘れました、ひらがなさえ忘れましたと発言したのです。

その説明が終わると、質問を全く聞いていなかったのか忘れてしまったのかはわかりませんが、質問を述べた来代議員に質問をどうぞと全くかみ合っていない質疑応答からスタートする波乱の幕開けでした。

石原氏の体調を考慮し、時間は1時間と決められていましたが、終始歯切れの悪い答えばかりで、何度も都議側より、イエスかノーでお答えくださいと促されることとなりました。
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脳梗塞の後遺症で認知症にも?

1時間の質疑応答のなかでは、知らなかった、当時の副知事の浜渦氏に一任していたなど、自身の責任を顧みる様子はなく終始、他人事のような発言を繰り返すばかりでした。

脳梗塞の後遺症の影響で合併症の認知症になってしまうケースも少なくないそうですが、文字を全て忘れてしまったり、当時のことを覚えていないとすると軽い認知症である可能性も否めなくってきました。

どちらにせよ、瑕疵担保責任を都が免じたことについては、石原都知事の承認なしではなしえないわけではありますので、トップとしての行政責任については認めるべきではないかと思います。

しかし、裏の水面下で動いていたとされる浜渦氏についても同じく5時間に渡る証人喚問が行われましたが、こちらについても新たな進展はなかったようです。

議会を含め、当時の都政は石原慎太郎の管理枠を超えて暴走していたのかもしれませんね。

はやく、この豊洲移転問題が解決し2020年の東京オリンピックへ向けて、より良い都政づくりがおこなれることを願うばかりです。

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