阪神淡路大震災の震度被害や死者は?大阪神戸で21年目の復興式典

6434人が犠牲となった阪神淡路大震災の復興式典及び追悼行事が大阪神戸の各地で行われました。

死者数が6434人となった地震災害は東日本大震災に次ぐ、戦後2番目の被害で当時は復興のためにに日本中が一丸となり窮地を救いました。

今年で震災から21年目を迎え、完全に復興した阪神淡路地区。あの日を忘れないを合言葉に追悼とこれからの未来を願い子供たちが復興行事に多数参加しました。

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阪神淡路大震災の震度被害や死者は?

1995年の1月17日の早朝5時46分52秒に未曾有の大震災は起こりました。

朝方だったこともあり、2次火災も起きたためこれが被害を大きくしてしまった要因だといわれています。

近畿圏の広範囲に震度7を記録し、道路が分断し駅構内の看板や窓ガラスが壊れるなどの被害が及び首都直下で起きたことが災いし、交通網や電気水道ガス電話などの生活のインフラ及びライフラインが分断されてしまいます。

また、広範囲にわたって建物の崩壊が進み、しばらくは阪神地区からを離れての避難生活を余儀なくされました。

負傷者は4万人を超え、被害の多くは家屋の下敷きになったことによるものであったということです。

圧倒的な被害者数に救護側の数が足りず、一時は緊迫した状況が続いたものの全国各地から医師団体が派遣され早期に救急活動に取り組みました。

一番被害が大きかったのは、木造住宅が密集していた神戸市の永田地区で地震後の火災による2次被害により約7000棟近い建物が消失しています。

消火活動においても上下水道が断水しているため消火活動は困難を極めたといいます。

消防員のほか周辺地域一帯の住民も参加し、バケツリレーで懸命の消火活動を行いましたが完全消火にいたるまでは、地震発生から2日かかった2月19日のことでした。
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阪神淡路大震災の復興へむけて

ライフラインの復旧が急務となり、まずは電力設備が1週間ほどで復旧しました。

しかし、そのほかの水道やガスに関しては、復旧に時間を要してしまい自衛隊による配給が行われました。

民間企業による支援も積極的に行われ、食品や衣類を空輸し被災者に届けられました。

戦後初となる未曾有の大震災に日本中が協力し復興は着々と進んでいきついには人が住める環境にまで完全復興することができました。

大阪神戸で21年目の復興及び追悼式典

今年で21回目となる阪神淡路大震災の復興及び追悼式典ですが、21年の月日が流れ震災を知らない世代も多くなってきたようです。

また、被災者の高齢化が進み孤独死の問題が新たに浮き彫りとなっているようです。



今年は例年と同じく1.17の文字に加え、『未来』という文字が灯篭の日にともされました。

東日本大震災の完全復興も道の途中ですが、この阪神淡路大震災の記憶も風化させぬよう未来へ語りついでいかなければならないのだと思います。

被災者のご冥福をお祈り申し上げます。

東京でも最近地鳴りや地響きなどの騒動が起きているようなので過去の教訓を活かし人命第一に対処していければと思います。

関連記事はこちら⇒東京の都内で地鳴りの原因は?地震の前兆は2016年の1月5日から

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